悪路、ぬかるみ惑い

なんか無節操なこと備忘録兼ねて

テレビ③

相変わらずスマホからだとスターがつけられない不安定タームに入ったみたいだ・・・

なんていうかテレビをつけていてコロナ渦における飲食店とか観光業の人たちのストレス的な内容の事をやっていたのだけど、見てたらドキドキ苦しくなってきたのですぐ消してしまった。

これ何なのだろうなあ・・・と思った。

別に観光業とか飲食店とかの自営業の人たちが悪いわけではないしその人たちが実際に大変な状況に置かれてるのは理解してるけど、それをテレビで訴えかけられることの重たさに疲弊してしまったんだと思った。
ニュースは今日の感染者数は~から始まり過去最多の言葉が多く繰り返される。特集では自宅療養がツラいとか後遺症の辛さなどと視聴者の感情に重く訴えかけるような番組がひしめいているように思った。
だいたい一昨年まではそれをまだ平常の心で持って見れていたけど、去年の春頃のピークからこういう番組に息苦しくなるようになった。
なんていうかそういった番組を見ているだけで不安になってくるように、まだかかってなくとも同居人から家族からあるいは買ってきた商品からもうつるとただ不安を煽られる内容に疲れた。

そこで思ったのは先の自営業の人たちのストレスの限界はピークに達して・・・といいながら一番ストレスを抱えているのはただならぬテレビ、メディア業界なんじゃないかと思った。
感染症への不安を煽るような番組と視聴者に情で訴えかけるような構成が視聴者に対して「ねえ可哀想でしょ?」とか「こうはなりたくないよね?」とか悪趣味なように感じるのだ。
しかもその視聴者だって全く別次元にいるわけではないし特集された人たちと一緒にいるのに、「助けてあげろよ」とテレビは見ている私たちに重い圧力をかけてくるように思えた。

かといって所謂雛壇バラエティー番組が楽しいというわけでもない、逆にこういう状況下においてもまだああいう番組は続けたいのかとも思う。

出歩く人たちに言いたいのならまどろっこしい描写は不要だと思う。直接的でも言いんじゃないか、「後遺症になって味もわからなくて毎日ツラくて・・・」というかかった苦しさを写してコロナの脅威を訴えてもどんなに気をつけていてもかかるときはかかるのだから、かかる前から人の不安を煽り逆に体調を悪くさせるようなテレビはやっぱり良くないと思った。結局テレビを見る家にいる人々がその餌食になるのも本末転倒だし。

かかっても乗り越えるとかコロナ後にやりたい事、行きたいところとかそういった語り合いのような旨のものはできないのだろうか。

いつまでもスタジオお笑い番組のように続けていきたいと思うのか、結局コロナ前と同じようにとかしがみつきたいのはテレビの人たちなんじゃないかだろうかと思った。


で、最近はラジオを聞くのが多くなった。テレビよりはましというかわりと忘れさせてくれるというかそんな感じ・・・。