悪路、ぬかるみ惑い

なんか無節操なこと備忘録兼ねて

私を異界に連れてって

バランスが悪いのだ。緊張や興奮を司る神経とリラックスを司る神経のバランスが、もともと私は緊張の神経を強く感じやすい性質なのだろう、これは後天的な環境とかそういう場面に出くわした事があるとかという要素もあるのだろうがたうん遺伝的というか先天的に不安や緊張の方を強く感じやすいのだろうな。(母方の祖父や父方の祖母などバラついてはいるのだけど神経症な傾向があって、それらが隔世遺伝というか普通に三親等内なので性質を引き継ぐ傾向は高いだろう)親しい身内に明らかな精神(神経)疾患を持った人は極めて限定的というか一時的にだが祖母がいたが(もとも今は精神的な不調は快方にある)、長期的で状態が停滞したままなのは父親や私がそうなるまではいなかったので、そういった因子持っていたのが環境的要因で発現したと考えられれば通りか。

母方の祖父は認知症になり亡くなったが、病的とまでではなかったにしろ神経質なところがあって精神的に弱っていたわけではなく全く元気ではあったのだが睡眠剤を処方してもらったなどの話を聞いていたのと市販の風邪薬をサプリメントのように飲んでいたので、何となくその神経的気質はあったように思う。端から見てうるさいと祖母がこぼすぐらいには元気だったけど坐骨神経症の手術を受けてから徐々に認知症みたいになっていったのは神経痛の痛み止めの薬の作用もあったのかもしれないと思いつつ、祖父の事だから飲む薬の量も多く飲んでいたかもしれないなとも思うけど、単にそういう因子が坐骨神経症によって発現したのかもしれない。そういえばまだ正常だった手術後入院していた時にも病室に子どもの幻覚が見えるなどホラーなこと言っていたし、その後1、2年経って家にいるようになってからも子どもが家にいるなどせん妄の症状が出てきてた・・・と思い出す。

なんていうか明らかな気分の落ち込みとかじゃなくて、身体の諸症状を伴うっていうのが非常にいやらしいのだ。神経なんて外からどうにも出来ないし・・・。

元から自分も極度の緊張感とか嫌な状態を経験する傾向は高かったにせよ、それらは学生時代の話でどうも原因がしっかり見えている場合は私も強気になれるらしい。私がこの神経症的発作が起きるのは極度の不安の方が引き金になりやすいみたいだ。もちろん緊張も感情の高ぶりも激しい怒りもその要因の構成の一つではあるけれども振り返って思い出してみると、自らの身体への不安だったり先行きの見えない不安だったりするのに起因しているようにも思った。

ここからはすごく個人的でデリケートな話かもしれないけど初めに一時的にだが神経症的症状が起こったのはは10才か11才ぐらいの時で、おでんの卵が引っかかる感じがして夜間病院に行ったけどもちろん何の異常もなし。今思えばヒステリー球のような感じだったのだろうな。あの時私は不登校であって先行き不透明だったのもあるが、それとは別に月経が(私は来たのがわりと早い方だったのかもしれない)その時は月に2度起きるなどして身体おかしいんじゃないかと思ったりして非常に身体的にも不安定だった。その不安が卵ののど通りの悪さ(卵はほとんど冤罪)というものを通して起こったのだろうなと思う。今と事態は違うといえば違うのだけども・・・。

その後徐々に回復していったのはまだ子どもだったからなのか、不登校も最高学年の夏ぐらいには教室に登校するようになり段々と明るい未来が見え始めてきたかもしれない。だいたい20代前半ぐらいまではそういった症状とは驚くぐらい無縁だったように思う。

それから何年か前に一度起きて(この時も今のような不安があったがまだ回復できる余力はあったらしい)それから微量に調子が悪くなってその時はご飯を食べるのに時間がかかるようになっていたのだが、それもそろそろ良くなってきそうだなと思ってきた頃合いに今の大不調に至る。未来に対する確実に駄目な方向へ向かっているとわかる不安。大ざっぱに漠然とした不安といえることもできるが、漠然としつつもしれが悪いとわかるということへの不安。これは年齢的なある意味年相応の妥当な不安でもあるのだろうし、あと社会的な世の中の色んな社会問題(8050問題とか引きこもりや老々介護)のようなのもあるのだろう。

結局悪いとわかっている方向に何もせずに向かっていくのは自業自得というか自己責任という考え方だってある。私の学校の校訓の一つに自己責任なんてのもあったけど、言い訳するならすごく抗えたがい大きな流れの中に取り込まれてしまうとなかなかそこから抜け出すのは難しいなという甘ったれ事を言う。もちろん全く行動しなかった私の罰はあって然るもので何に対しても掴もうともしなかった消極性もあるのだろうけど。例えばバイトするなら何度か応募してみるとか私は圧倒的に試行回数が足りなかった。恥ずかしい話だが私が今まで応募したのは二回しかない。一つめは郵便局の年末バイト(面接で明らかに落とされた)※これは今思い出しても・・・・・・するので別の機会に改めて記したい。

二つ目はゲームのデバッグのバイトで、お電話を頂いた(家電だったのがまずアウトだった)にも関わらず出られなくて、折り返し電話したけれど担当の方がいないと言われ逆に先方から後日電話致しますという返事が来た。忙しい時間(たしか17時とかぐらい)にかけてしまったのもあるが、もちろん後日電話は来なかった。

バイトの応募は人生においてこの二つだけでどちらももちろん不採用である。そして私もそれ以後バイトの応募はしていないのだ。正規職員経験がないのは時勢的にも仕方ない面もあるがバイト経験一切ないってよっぽど御子息ご令嬢なのかという(そういう人たちでも普通に経験あるだろうに)これほどヤバい奴はほぼいないんじゃないかと思う。

そんな感じでのらりくらり今までそれほど不自由なく生活していたら今の病は天罰が下ったんじゃない?とかツケが回ってきたんじゃない?とか自分でも思ってくる。

 

夕方になるにつれて身体が興奮してくるようになって薬を欲するようになっている。午後の気温の生暖かさみたいなのとかイライラ感とかがやってきて何で自分の身体は逆に沈むようになってくれないのだろう?かなり配慮のない言い方になるが寒がりになるとか身体が怠すぎて力が入らなくて起きて上がれないとか、頭痛があるとか目眩がするとか眠気がすごいとか・・・なんでそういう気怠げな方向の不調になってくれないのかな、とおかしな考えを抱く。無駄に何かを行動しようと興奮して身体が躍起になりそれに耐えられず空回りして非常に激しい緊張が起こってくる。これって身体は元気って事なのか、どういうことなの、何なの。

 

追記)長期的に渡って精神神経疾患が身内にいないと言ったたけど思い出すとやはり祖母がメニエール病になっていた気がする、今はその症状が落ち着いているようだけど今は実は癌治療中で抗がん剤の副作用のがつらいっぽい。実は半分癌家系でもある。(父方の祖父の死因も癌である)だから何だって今さらそんな事は現代病であって当たり前みたいな感じではあるけれど。なんかこう不運なものには不運がやってくるというか、よくないものにはよくないことがのしかかってくるような、そんな気がしてる。

 

タイトルは頭に浮かんだフレーズで、異界みたいな別の場所(素晴らしく良いところ)に連れて行ってほしいという他力本願寺の通りです。