悪路、ぬかるみ惑い

なんか無節操なこと備忘録兼ねて

3.29

明日通院なのだが何も言うこと用意してない・・・前回採血した検査結果がわかるけど前より何らかの数値悪くなってそうな気配がする・・・。

ちょっと今週は月の不調と被ってしまって言うこと用意しとかないといけないのだが・・・色々抜けてしまうタイミング。あと恒例の個人的な引っかかり(何か一つ気になるものがあるとそればっかりに気をとられる)があって何かずっとモヤモヤしたままだった。今週の運勢によると気にしない方がよいってあったのに週半分も引っかかってる・・・。

何か改めてこだわりが強い方だなあと自分で思う、何か一つ理想通りじゃないとかここはこうなるだろう、いやこうならないとダメなんだっていう感覚がある。昔雑誌に載ってたこだわりの強い映像監督の話を思い出す。その監督が撮る映像はそのマニアックさに熱狂的なファンもついていたそうなのだけどこだわりが本当に強い人で、一つのシーンやカットを撮る時にこの場所にこういう風に花が咲いてないと駄目だとか(ここまでは誰でもありえそうだけど)それが出来ない場合、映像は撮らないという徹底だったそう。本当に細かなところまでこだわる、思い通りの画が撮れなければ引く。という強さ。当時はやっぱり監督という職の人はそういうこだわりあるんだなあとかやんわり思っていたけれど、今になって何となくその気持ちがわかる気がする。

何かを思い浮かべる際に一つ一つ理想的なコマ(漫画のコマのような)があって、そこに入る画はこういう感じっていうようなこだわり、でもあまりに追求しすぎると前後全体のバランスがおかしくなる(整合性は取らなくてはいけない)けれど、そのシーンとかにこういう風にしたいっていう理想像があってそれと全体バランスや元々の対象(コマに入れるもの)とにズレやバラつきがあると気になってしまう。いやつまり、「自分で思ってたのと違うからどうしよう引っかかる」ってだけなんだけども。

でもこのこだわりというか引っかかり、一つ躓くとずっとそこでしばらく延々とモヤモヤするだけなのでない方がいいなと思うけどもう一人の自分がいやいやこういうところは正確にしておかないと後で・・・とせめぎ合う。たぶんいい方法は妥協することなんだろうな・・・。万人に納得させたいという邪な考えがよくない。なんていうか同人の格言(?)にあるように他人の萎えは私の萌え、私の萌えは他人の萎えが原則せ・・・その覚悟だよなあ。比べたがってしまう事が本当によろしくない。

だからこそ逆に自分の理想像を入れたまま推し進めるほうがいいのかもしれない、コマの中の話なら。楽しいと思える方がやっぱり上手くいくのかもしれない。

 

明日病院で相変わらず前日から緊張するけど喋る内容本当に考えてない・・・。体調はいいとはいえないし・・・(というか”いい”という基準がよくわからん)外も暖かくなったけど全然出てないし・・・。何かに没頭するといっても緊張は付きまとうし、そもそもそんな没頭はしていないと思うし・・・。

あと全然関係なく下い話だがどうも最近キムチ鍋を食べると翌日お腹を壊す傾向に気付く・・・のでお腹が痛い。(食べたといってもつまんだ程度くらいだったのに・・・)自分はどちらか出ない方なので出るのは有り難い事だが腹が痛いのはやっぱり痛い。そう言えば前もこんな事あったなとか思い出すとやっぱりその日も前日にキムチ鍋を食べていた。何か関連ありそうな気が・・・?もちろんこれとは別に明日の事に緊張してるからというのもあるかもしれないけど・・・。

かつ気温が暖かいのか寒いのか不安定なのもあるかもしれない・・・とりあえず明日通院の間は痛みが収まっていてほしい・・・。

 

文字の色を濃灰色にしようと思って誤タップで緑色(エメラルドグリーン色?)になってしまった・・・。濃灰色にしようともう一回カラーパレット開いたけど何か改めて戻すのもな・・・と。この突発な出来事をいっそ楽しんでみようかとか思ってきたので面白いので緑色にしておこうと思う(内容はアレだけども)