悪路、ぬかるみ惑い

なんか無節操なこと備忘録兼ねて

しょーもな

いよいよ31日。末。だからといってどうする事もないのでいつも通り薬飲んで年越しの前に眠る事だろう・・・。

明日は1月1日、一応2023年なのだけど1月の間ってあんまり新年らしくないように思うのは年度の切り替えが4月に行われる事が多いからだろうか。あの・・・何だか年を越す事に有り難みが薄れていってる自分がいる。テレビも何もかも周りはどこかソワソワしているように見える。年末を観光地で過ごす人、実家に帰る人、そういった大勢にあんまり縁のない人生を私は送ってきた。(常に実家にいる)

せめて祖母達には顔出ししてもいいのかもしれないと思ったけれど年功序列式で突然・・・なんてこともあり得る。でも遠く離れた場所に住んでるわけでもないし、会いたいと思えばその日の内に行けるしなあ・・・というズボラさと慢心さが浮き出てくる。まあそれに自分の体調不調もあるのでそこに甘んじてしまっているのもある。

世間的な・・・いや幾分か旧来型なロールモデルで言えば自分は孫を見せに実家に帰って来ても何らおかしくはない年齢ではある。まあ孫とまで行かなくとも恋人とか、そういう私が構成した全く別のネットワークを御披露目する時が年末年始の醍醐味なのかもしれなかった。・・・でもそういう事をしたいのか、って言われてもしたい訳ではないです。はい。

でも何か周りとの温度差みたいなのは感じてしまう、せめて家を出ていれば違ったのか?いや待って、年末を楽しくすごしたい(?)という願望がそんなに動力源となるもの?

自分の見栄っぱりでミーハーな気質が良く出てる。たぶん年末年始は一年をずっと働いたり新しい事を始めて来た人への労いが本質なのだ・・・。ずっと同じで生活してきた私にはやっぱり何の意味価値もなくなってきてる。まあ思えば昔から親もサービス業だったからGWお盆年末年始のまとまった休みなんていうものとは縁がなかった・・・。なのでテレビの帰省インタビューなんての見ると何かこうひねくれてしまうものだった。

 

話は変わるが31日夜から集まってご馳走を食べる地域なのだけども、本来は今日は蕎麦を食べて明日からご馳走(おせち)を食べる感じなのだろうか・・・?といって家も特にご馳走ではないけれど・・・。大昔に両祖父母の家で過ごした時(だいたい日帰り)は31日夜から宴会だった、おせち(お重箱)やらオードブル、お鍋お寿司なんかも食べた思い出。そんなに食べて1日何食べるのって感じですが昨日の残りを食べていた・・・と思う。やっぱり食べきれないのでね。その後は蕎麦やお雑煮等、お肉系料理(すき焼きしゃぶしゃぶ等)になったり通常メニューに戻ったりで終わり。

・・・何か本当にとんでもなく有り難みが薄い・・・。なんか時間ってずっと永続的な積み重ねなのだから「皆さんよいお年を!」って言っても明日も続くじゃん!とか思ったら1日あるいはたった1ヶ月ででよい年かどうかなんてわかんないよ!ってひねくれてみる・・・。

ということで今日はありがとうございました。明日からもよろしくお願いします、ということで・・・?

 

明日も書く。