悪路、ぬかるみ惑い

なんか無節操なこと備忘録兼ねて

サナトリウムの中から

結局私はただの甘えただったのかなあ、と思う。世の中どんな嫌な目にあってもそれを乗り越えてバネにして飛んでいく人は普通にいて私はただその出来事に甘んじて怠けていただけで、これは出来事の重たさのせいではなくて生粋の怠け者であるという事だけかもしれない。

一応肩書きは大卒だけどもこれが今でも生きるのかよくわからない。学生時代に何の行動もして来なかったから無意味だ。サークル活動や研究などに精を出した事もなかったし、いやそもそも地方の私大ではタカが知れているのだ。唯一あった海外留学も説明を聞いただけで終わった、もちろん私は英語も話せない。同じ肩書きの人からすれば馬鹿げた存在だろう。

ただ資格だけ(それも持っていても微妙な)取るだけで学生生活は終わった、就活もしなかった。自分がどこかの会社に勤めているという事が想像出来なかった。先生との面談では大学院に行きたいと言っていたが何を研究したいのかが全く目的がない。ただ就職から逃れたいがためモラトリアムを延ばしたいがための妄言だった。

高校生の頃私は地元じゃない場所へと進学したいと思っていた。東京や京都の美大に憧れがあったけれど、デッサンも絵も大して上手くないから美大予備校などに通わなければならない。金銭的余裕はない。仮に受験しても無謀でしかない。技術もそうだけれど学力面でも勉強を怠っていたからほぼほぼ受かる事はなかっただろう。それでも美大が駄目なら東京の普通の大学などに・・・などとも思っていたから学力無しの考えたらずの無謀阿呆でしかない、とにかく地元を離れたいと思っていたけれど離れることはできなかった。結局地元の学校にAO入試で入った。だから私には珍妙な学歴コンプがある。

この私が大学に進学するかの時ちょうど父親の勤めていた会社が倒産した。センター試験や一般試験だのと勉強決めている時間はなくて、このままだと大学に行けなくなるから早く進学先を決めようという思いで一杯だった。良識ある人が見たら何と親不孝な子であるとか思われることだろう地元以外に進学したければ自ら働いてお金を稼げばよいのだ。でも私にはそんな粘り強い力強さとか行動力とかはなかった。結局奨学金という借金をして入ったけれど、果たして私にとってこの時の行動が正しかったのか今になってよくわからない。

入って凄く悪かったという事はなかったし、楽しい事もそれなりにはあった色々な経験も出来たけれど、勉学(研究)に至ってはあんまり芳しくなく私もそれに甘んじた。(そもそも通っている学生の半分くらいが大卒という肩書きを手に入れる為の職業予備校みたいだった)今の自分に残っているものがあるかと言われれば微妙で何もない。時間を有効に活用しなかった、本を読む事もしなければどこかに赴く事もなかった。本当に何もしなかった。ただ借金だけは今でも利子がずっとあって元本に辿り着いているかは怪しい。

そういう中で学歴コンプが発動する、学歴に執着するのは父親の考え方でもあり私の考えにも刷り込まれている。学校に入った始めの頃、一度はそんなもの変えてやる、先例を作ってやると息巻いたけれど何の優れてもいない小さな人間が何も出来ないのは当然である、大きなルールや規範を変える事などほぼ不可能。流れの中に流される一人だけである。

だからここのブログには人間性が自分とは根本から違うのだろうなという尊き人たちが多々存在しているから、その人たちの学生時代の体験出来事やインテリジェンスな場で学ばれたであろう事実に羨望してしまう。色々な事がありながらも望まれた形で仕事に就かれているだろう事にも。自分が見ず知らずの他人たちを羨ましがりの嫌なやつであることは知っている。その人たちが必ずしも順風満帆でなく苦難とともに頑張ってきたという努力や事実があるのだとしてもでも羨ましいものは羨ましい。そして同時に私は何であの時もっと頑張らなかったのだろうという後悔に苛まれる。

呑気すぎる考えなしの大馬鹿者で浮かれて踊る阿呆。

高校生の時もその後もなんであの時何もして来なかったのだろう、あの時も娯楽に流れて何も成し遂げられなくて何も行動しなくてずっとPCの前で誰かたちを憧れて羨望して見ていた。でもその中に自分を入れさせていくような努力は怠っていた。私は特別かもしれないという馬鹿げた多大なる自己肯定感。そんなの特別でも何でもない、世間はもっと広いのに。

誰かを羨望し続ける人生は嫌だなと思っていて、いつか自分もそちら側に行くんだと根拠のない自信があったけれど節目を経って、私がそちら側に行くにはあまりにも何もかも足りなくて遅いのだと知りその現実に直視することが出来ずに身体が変になった。

苦難があった後に報われるという事が約束されているのなら自分に起きた嫌な事たちは苦難に値するものでなかったのだろうか、それとも足りなかったのだろうか。それともそれはヒーロー神話の一つにしかすぎず誰にでも与えられるものではないのか?

今が良くないからと過去を否定してしまうのもよくない事なのだけれど、自分の辿ってきた道のりが何も残さなかったのだろうと思ったらただただ空っぽで無で空虚でしかなくて人生に対しての楽しさとか希望だとか目標だとかがまるでない。自然に朽ち果てるのを待つだけなんて。

いっそ醒めることなくずっと夢を見たままだったら良かったのに。

 

クリスマスイブだというのに暗い内容になったけれど荒んでいます、その内消すかもしれないですが吐き出し。